箱根をぐるりと周る旅もいいものですが、ひとつのエリアに絞ってみるとこれまで知らなかった魅力に出会えることも。秋にぜひおすすめしたいのは仙石原。過ごしやすい季節の到来、ぜひ出かけてみませんか。
仙石原
この地を大切にする
人の思いが「今」を作る

外輪山に抱かれた自然豊かな一帯にホテルやカフェ、美術館などが点在する仙石原。箱根の中でも多彩な楽しみ方ができる高原リゾートとして発展してきた。
仙石原の代名詞といえばススキ草原。その斜め向かいにオープンして2年、人々が集うコミュニティーカフェのような場となっているのが「仙石原茶屋」だ。どこか懐かしい平屋建ての店舗は、地元で長年親しまれた食堂をリノベーションしたもの。「この町で暮らす人や働く人、旅行者が集い、自然に会話が生まれるような心温まる場所を作りたかったんです」。こう話すのは代表の佐藤有里子さん。看板メニューの「ほろ苦レトロプリン」に加え、素材にこだわる人に好評なのはグルテンフリーの「米粉の焼きドーナツ」。しっとりした生地で散策途中のおやつにぴったりだ。
お昼どきや主に週末の夜間に営業する「茶屋バル」にご飯ものがほしい、という声を受けメニューに加えたのは「こだわり卵の親子丼」。米は佐藤さんの実家、神奈川県愛川町で自家栽培した「はるみ」、卵は相模の赤玉子だ。家庭的な味にほっとする。


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仙石原茶屋

ケーキなどを味わえるカフェやホテルはあっても、本格的な洋菓子店となると意外と見当たらない。そんな箱根で見つけたのは、仙石原に出店し20年以上になる「ラッキィズカフェ」だ。
店内にはホールケーキやカットケーキなどのほか、多彩な焼き菓子が並び、ハワイアンテイストの店内とペット可のテラス席では、スイーツやランチが楽しめる。
地元のホテルや旅館からサプライズケーキの注文が入ることも多く、次々と馴染み客が訪れては店主と和やかに談笑し、ケーキを買って帰る姿も。この店が地域にいかに愛されているかがわかる。
「体に入るものなので原材料を吟味し、添加物などは極力使わず、甘さは控えめに仕上げています」とオーナーパティシエの菅原美樹さん。季節のパフェやススキの葉をイメージしたパイもおすすめだ。
菅原さんは、会長として仙石原商店会の取り組みにも尽力する。「金時山スタンプラリー」は、2019年の台風被害による観光客の減少をきっかけに企画し、恒例行事に。11月から12月に行われ、商店会の30店前後が協賛。500円使うごとにもらえるスタンプを集めると、抽選で買物券や食事券などが当たる催しだ。
「地元を元気に盛り上げようと企画しました。仙石原にはまだまだ知られていないお店がたくさんあり、新しいお店も増えています。各店を回っていただくことで、新たな発見や人との触れ合いにつながれば」と菅原さん。町の老舗「勝俣豆腐店」の勝俣雄一郎さんも、書記兼広報として活動を支えている。



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Lucky’s Cafe (ラッキィズカフェ)
クリスタルのススキと
企画展示で心豊かに

美術館めぐりも人気の仙石原。中でも「箱根ガラスの森美術館」は、そこが箱根であることを忘れてしまうような非日常の世界観に浸れるのが特色で、どの季節に訪れても楽しめるのが魅力だ。
秋空の下、陽の光を受けて七色に光り輝くのは「クリスタルガラスのススキ」。このオブジェのために育てた自然のススキと、草丈1・5mに100粒のクリスタルガラスを付けた穂が300本ゆらめく。午前や夕方など、光の違いで印象が異なるので時間を変えて訪れるのもおすすめだ。
メインとなる「ヴェネチアン・グラス美術館」では、来年1月12日まで特別企画展「軌跡のきらめき ~神秘の光彩、ガラスと貝細工~」を開催中。ベネチアやボヘミア(現チェコ)の職人たちが編み出したさまざまな技法によるガラス作品、貝殻の自然のきらめきを取り入れた螺鈿細工、二つの工芸品の色彩表現の軌跡をたどることができる。漆芸の現代作家、橋本千毅氏による緻密な作品も必見だ。ミュージアムショップでは、ガラス素材に螺鈿技法を取り入れ、漆で仕上げた「螺鈿ガラス」によるオリジナルの「万華鏡グラス」も。水やお酒を注ぐと、グラスの中は万華鏡のような輝きで満たされ、味わいもより神秘的に感じられる。


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箱根ガラスの森美術館
季節を彩る絶景を愛で
白濁の硫黄泉に憩う
大涌谷の北側に位置する標高1045mの台ヶ岳、その山腹に広がるススキ草原は、仙石原に秋を告げる絶景ポイントとして知られている。緑の葉と黄色くなり始めた穂のコントラストが美しい初秋、陽の光を受けて黄金色に輝く大海原のような景観が魅了する晩秋、どちらも甲乙つけがたく、奥へ奥へと続く一本道を進み、振り向いて見る景色も圧巻だ。
紅葉を楽しむなら、仙石原交差点近くに佇む古刹「長安寺」を訪ねたい。色づくイチョウやヤマモミジが迎える石畳の参道、そこから少し下ったところにある弁天池から見上げるモミジや、水面にゆらゆらと映る紅葉もなかなか趣がある。
本堂にお参りした後は、「羅漢山」と呼ばれる起伏に富んだ裏庭の散策へ。ここで悠然と待ち受けているのは、300体近くにおよぶ石仏、五百羅漢。ポーズも喜怒哀楽に富む表情も、実に豊かでユニークで、モミジの真っ赤な絨毯に鎮座する石仏をゆっくり見ながら散策していると、心が洗われたような清々しい気持ちになる。聞けばこの石仏群の中には、商店会で活動する「勝俣豆腐店」のご先祖様も寄進されているのだとか。ヒントは“右手に豆腐”。「長安寺」を訪ねたらぜひ探してみてほしい。


仙石原には新旧さまざまな宿泊施設があるが、古き良き昭和を感じる宿で極上の湯に身を委ねる―、そんな通好みの滞在がかなうのが「箱根温泉山荘なかむら」だ。宿が佇むのは、小塚山の木立の中。ブナやヒメシャラなどの原生林に囲まれた小さな橋を渡り、風情ある石段を上っていくと閑静な建物が現われる。
「もともと都内で寿司店を経営していたおじが、40年前に開業しました。某放送局にも店を出していた関係でお付き合いのあった原節子さんや東山千栄子さんも訪れ、温泉に浸かったと聞いています」。こう話してくれたのは、4年前に宿を受け継いだ中村重樹さん。客室は全13室。窓のすぐそばに木々が茂り、室内で森林浴気分に浸ることができる。
お楽しみの温泉は源泉掛け流し、白濁の硫黄泉。浴室は、大きな窓越しに竹林を望み、秋にはモミジが彩りを添える「源氏の湯」、空間がこぢんまりとしている分、より鮮度が高く濃度が濃い湯を堪能できる「桐壺の湯」があり、時間で男女が入れ替わる。10時から15時(最終受付14時)は日帰り入浴も可能。夕食は旬の食材を用いた和食膳、朝はカレイの煮付けがおいしいと評判だ。


静かなオーベルジュで
五感が喜ぶ休日を

仙石原の落ち着いた別荘街、その最奥に佇むフランス料理の温泉宿が「箱根フォンテーヌ・ブロー仙石亭」だ。そこにあるのは、人工物のない原風景のような自然、ゲストを想うものごし柔らかなもてなし、常に進化を忘れない姿勢。滞在することで心と体が癒され、本来の自分に還るような時間を過ごせる。
趣が異なる13の客室すべてに展望露天風呂が備わり、宿泊は13歳からと真に落ち着いた滞在を約束。中でも誕生したばかりの「206 敦-TON-」は、香りを選べるアロマ、心を落ち着かせるサウンドバスルーム、調度品や照明など使うことを意識したアート作品が配され、五感が心地よく刺激されリフレッシュできる。
ディナーは、仙石原の雄大な自然を望むダイニングで。近隣の食材と季節感を大切に、仏料理の伝統技法に則った、メリハリとバランス、ともに優れたコース料理を堪能できる。グラスを傾けながら、しっとり大人の時間を過ごせるラウンジもおすすめだ(営業日は要問い合わせ)。


