暖かな日差しを浴びにふらっと出かけたい季節。
手ぬぐいを鞄に入れて、豊かな自然と温泉を目指す。のどかで素朴な温泉街を気の向くままに――。
路地で猫と遭遇したり、昭和のゲームに熱中したり。共同湯の熱めの湯は
日々の疲れも癒してくれる。
姫之湯
車窓から見える木々に春の息吹を感じる季節。箱根の山を走る箱根登山鉄道に乗った。箱根湯本駅から強羅駅まで標高差445mを、最大80パーミルの勾配やスイッチバックを駆使して上っていく。
箱根湯本から2つ目の大平台(おおひらだい)駅ですでに標高は337m。急斜面を上るために一時的に進路を変えるスイッチバックがそのまま駅になっている。
早川渓流ははるか下側に消え、谷の対岸には雄大な山が立ち上がる。改札を出て、大平台駅前を通る国道1号線を進むと、左側に「歓迎 大平台温泉」のレトロな看板が見える。戦後に開発された温泉だけに、家庭的で小規模な宿がほとんど。のどかな細道に立ち並ぶ民家の中に点在する。
駅から歩いて数分の高台には素朴な公衆浴場「姫之湯」がある。かつて関東一円を治めた北条氏代々の姫君が化粧水とした湧き水、「姫の水」が至近にあることがその名の由来という。
建物は、和風旅館のような落ち着いた佇まいの木造二階建て。共同湯らしい暖簾をくぐって中に入ると、常連とおぼしき先客の明るくにぎやかな笑い声が響く。
大きなガラス窓に囲まれた六角形の浴室の真ん中にタイル張りの丸い浴槽。10人ほど入れる大きさだ。ナトリウム-塩化物泉の源泉は高温のため加水して43~44度にしているが、入浴感はかけ流しそのもの。体が芯まで温まり、湯上り後もずっとぽかぽかが続く。そのお湯は、リウマチや神経痛などによいという。
大平台は、今でこそ各所に源泉をもつが、かつてはここに温泉はなかった。70年以上前、再三温泉の掘削を試みたものの成功せず。「村の発展のため、なんとしても温泉を――」。昭和26(1951)年、住民による共同出資で宮ノ下から悲願の温泉を引き、誕生したのが姫之湯だ。大平台は、人々の思いと歴史が拓いた湯けむりの町なのだ。